金沢地方裁判所 昭和23年(行)21号 判決
原告 木原智燈
被告 諸岡村農地委員会・石川県農地委員会
一、主 文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
二、請求の趣旨
一、被告諸岡村農地委員会の昭和二十三年九月三日における同被告が別紙目録記載農地につきさきに為した昭和二十二年六月十七日の原告を耕作者とする異動承認及び昭和二十三年一月二十三日の原告に対する売渡決定の各取消決議は無効であることを確認する。二、若し前項各取消決議が無効でないとすればこれを取消す。三、被告石川県農地委員会の昭和二十三年九月十一日における第一項記載各取消決議に関する承認決議並に同項記載売渡決定に関する承認取消決議は夫れ夫れ無効であることを確認する。四、若し右承認決議並に売渡承認取消決議が無効でないとすればこれを取消す。訴訟費用は被告等の負担とする。
三、事 実
原告訴訟代理人は、その請求原因として、別紙目録記載農地は元同目録記載の各耕作者において耕作していたものであるが、これらは孰れも旱害常習地であるため排水その他の関係上原告一人で耕作するのがより増産を得る所以であるので、昭和二十二年三月頃協議の結果、尓後原告において耕作することとなり同年六月十一日原告は被告諸岡村農地委員会に対し右耕作者等と連名の上農地耕作人異動承認の申請を為したところ、同被告は同年六月十七日その承認をした。よつて被告は適法にその耕作権を取得したのであるが、今次の農地改革による右農地の買収売渡に際してはその買受申込をした結果、昭和二十三年一月二十三日右被告は原告に対し右農地の売渡決定をし、ついで被告石川県農地委員会は右売渡決定の承認をした。かくて、原告は適法な手続によつて右農地の所有権を取得したのであるが、被告諸岡村農地委員会は同年九月三日の決議でさきに原告の為した農地耕作人異動承認申請には履行不可能な内約が条件となつているとの理由で右異動承認を取消し、あわせて原告に対する右農地の売渡決定を取消した。而して、被告石川県農地委員会はそれに伴い同年九月十一日の決議で前記売渡承認を取消し、同時に被告諸岡村農地委員会の為した右各取消決議の承認をした。
しかし乍ら、(一)原告は前記各耕作者等とは何等内約などを結んだことはなく、適法に耕作権異動の承認を受けたのであるから、被告諸岡村農地委員会が前叙のような理由で一旦与えた異動承認を右耕作者等の一方的申請に基き取消すというようなことは違法であつて無効である。仮りに無効でないにしても少くとも取消さるべき行政処分である。従つて、右異動承認取消決議を前提とする同被告の昭和二十三年九月三日の原告に対する売渡決定取消決議被告石川県農地委員会の同年九月十一日の前記売渡承認取消決議並に被告諸岡村農地委員会の右各取消決議の各承認は孰れも無効である。さもなければ、取消さるべきものである。(二)仮りに、右農地耕作人異動承認はこれを取消すべきものとしても、被告諸岡村農地委員会の昭和二十三年九月三日の売渡決定取消決議は次の点において違法である。即ち、(イ)原告は適法な手続に従つて本件農地の所有権を取得したのであるから、理由の何たるを問わず、原告からその所有権を取戻すには前に為した売渡の行政処分を取消すべきではなく、新に原告から買収する手続を行うべきである。(ロ)而して又旧耕作人等は本件農地について買受申込をしていないのであるから、それらの申請によつて原告えの売渡決定を取消すというのは自作農創設特別措置法第十九条(農地の買受申込をした者は農地の売渡計画に関し異議の申立ができる旨の規定)に違反する。故にこの面からしても右売渡決定取消決議は法律上無効か少くとも取消さるべきものである。従つて右取消決議を前提とする被告石川県農地委員会の同年九月十一日の前記各決議も亦無効か少くとも取消さるべきものである。
仍て、右各違法行政処分について請求趣旨記載のとおり、その無効確認を求め、若しそれが理由がないとすればその取消を求めるため本訴に及ぶと述べ、被告の主張に対し、本件農地は元宝泉寺所有地であつたことは認めるが、その余はこれを否認する、すなわち原告は被告主張のような内約は結ばないが、旧耕作人等に対し好意的に本件農地を苗代田として一時使用することを承諾した。しかしこれは原告居村共通の慣習であるから、これを違法として前記異動承認を取消すべきではないと述べた。(立証省略)
被告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、その答弁として、原告主張事実中、別紙目録記載農地は元原告主張の各訴外人等の耕作地であつたこと、昭和二十二年六月十一日原告主張のような農地耕作人異動承認申請が為され、同年六月十七日被告諸岡村農地委員会はこれを承認したこと、而して昭和二十三年一月二十三日同被告は本件農地につき原告主張どおりの売渡決定をし、被告石川県農地委員会がこれに承認を与えたこと、然るに同年九月三日被告諸岡村農地委員会は原告主張の理由でその主張のような各取消決議を為し、ついで同年九月十一日被告石川県農地委員会は原告主張のような各決議をしたことはいずれもこれを認めるが、その他はこれを否認する。
(一) 元来、本件の各農地は元宝泉寺の所有であつたが、今次の農地改革では右のような法人所有の小作地は全面的に買収されることになつたので、同寺の住職であつた原告は買收農地を自己に保有しようと考え、取敢えずその小作人であつた訴外西干二等に交渉しその耕作権の譲渡方をせまつたのである。而してその際、原告は右小作人等との間に「本件農地は原告において買受けるが、小作人こは永久に苗代田としてその使用を許す、そして苗代田を使つたら、その跡地はこれを使つた者において植付等を済ませこれを原告に渡す」という内約を結んだのである。ところで、被告諸岡村農地委員会はかかる内約を知らずに一応原告より出された農地耕作人異動承認申請に承認を与えたのであるが、その後右小作人等から異動承認の取消方を申請して来たので、同被告は原告の意向を聽取した上、事情を調査したところ、茲に始めて農地改革の制度上到底容認し得ない右のような内約のあつたことを発見したのである。そこで同被告はかかるものは、趣旨において自作農創設の精神に反するのみならず、実質的には寺有所の農地を認め、さらに耕作能力のない者に耕地を与え、或は不相当な耕作面積を与える結果になるとの見解で、さきに為した承認を取消したのである。よつて、右取消に伴い、売渡決定も重要な事実の錯誤であるという考えで取消され、ついで、被告石川県農地委員会の為した承認も取消されるに至つたのである。
(二) 原告に対する売渡処分は右の理由に基き取消されているのであるから本件農地の所有権は原告に移転していない。従つて原告に対し新に買収手続を施行することも必要ではない。
(三) 被告諸岡村農地委員会が本件の売渡決定を取消したのは事実に誤認があるとして職権でこれを取消したのであるから、原告が主張するような自作農創設特別措置法第十九条に違反する点はない、
而して、原告の苗代田として他に使用を許すことは諸岡村共通の慣習であるとの主張に対し、道下部落には苗代田の適地が少いので己むを得ず、他人の土地を一時借用している者が若干あるけれども、これは真にやむを得ない暫定的現像であつて、かかるものが仮りに同部落の慣行であるとすれば、これは今次の農地改革により打破さるべきものである。原告の為した農地耕作人異動承認申請に伏在させた裏面契約なるものは、右のような打破さるべき慣行に便乗したものであつて、次の諸点から見ても前記承認は取消さるべきものである。すなわち、(イ)耕作権の異動は当該農地の有効利用という面から、適切妥当なものでなければならない。原告は事業農家ではなく、僧職のかたわら居村役場の公吏をしているのであつて、耕作能力のないのは勿論、その施設すら不充分である。従つて本件の異動承認の結果、かえつて耕作能率を減退させている。現に原告が売渡を受けた六反六畝十五歩の耕作に堪えられず、その中一部である一反七畝二十五歩を旧耕作者に耕作させている次第である。(ロ)苗代田として貸付けた結果、植付迄の過程は他人において行い、収穫だけは原告がするというようなことは完全な自作農を創設する趣旨に反する。(ハ)本件農地について当然その売渡を受くべき旧小作人中野作太郎外六名にその売渡が行われないで、従来からの耕作者でない原告にその売渡が行われる結果となる。右の理由から被告諸岡村農地委員会は前記耕作人異動承認を取消したのであつて、その取消は適法であり、従つて原告の本訴請求は結局失当であると述べた。(立証省略)
四、理 由
一 別紙目録記載農地は元宝泉寺の所有であつて、同目録記載の各訴外人等がこれを耕作していたこと、その後昭和二十二年六月十一日、原告は右各耕作者と連名の上被告諸岡村農地委員会に対し右農地について農地耕作人異動承認の申請を為したところ、同年六月十七日同被告は右の承認をしたこと、ついで右農地が買収されるや、昭和二十三年一月二十三日右被告はこれを原告に売渡すこととし、被告石川県農地委員会はこれに承認を与えたこと、ところが右旧耕作人等は被告諸岡村農地委員会に対し、さきに為された異動承認の取消方を申請したので同年九月三日同被告は、「原告の為した農地耕作人異動承認申請には履行不可能な内約が条件となつている」との理由でこれを取消し、併わせて原告えの売渡決定を取消したこと、而して同年九月十一日右の取消に伴い、被告石川県農地委員会はこれら取消決議の承認を為すと共に前記売渡決定に対する承認を取消したことは孰れも当事者間に争がない。
二、原告は、被告諸岡村農地委員会の為した農地耕作人異動承認の取消決議は無効である、さもなければ取消さるべきものであると主張するのであるが、右取消決議が法律上無効であるか或は取消さるべきものかは暫らく措き、まず右決議は一体違法な行政処分であるかどうかを考えると、
(一) 原告は被告諸岡村農地委員会の為した右決議には利害関係者である旧耕作人側のみの申立をとり上げ、原告の意向を聽取しなかつた違法があると主張するけれども、成立に争のない乙第六号証証人本井富蔵の証言、原告本人尋問の結果を総合すると、原告は右異動承認の取消に関し、被告諸岡村農地委員会が開催した昭和二十三年六月二十日、同年七月七日、同年八月十三日の各協議会に出席し、少くとも意見開陳の機会を与えられていたことが明かである。従つて、原告の右主張は理由がない。
(二) 次に原告は本件農地に関する耕作権の異動には何等内約がなく正当なものであるのにこれに対する承認を取消したのは違法であると主張するから考えてみるに、成立に争のない甲第二号証ノ二、甲第九号証、乙第一号証、乙第五号証、乙第八号証、証人酒井啓也、同本井富蔵、同輪田次郎七、同西干二、同高田政治、同山崎庄次郎、同田辺熊次郎、同木原はぎの各証言並に原告本人尋問(第一回)の結果を総合すると、本件農地は元宝泉寺の所有であつたが、これには以前から原告居村の訴外中野作太郎外六名(別紙目録記載の各耕作人)の小作人がいたこと、ところが今次の農地改革では右のような宗教法人所有小作地は全面的に解放さるべき運命となつたので、以前までの小作関係が継続するときは、当然右小作人等にその売渡が行われる情勢となつたこと、そこで昭和二十二年三月末頃同寺の住職であつた原告は右小作人等に対し宝泉寺の保有地として是非いくらか残して置き度いと考えるが、そのため取敢えずその耕作権を原告に譲り渡され度いと接渉したこと、原告はその結果本件農地全部の耕作権を譲り受けることにしたのであるが、その全部について別に何時迄という期限も定めず、苗代田の貸与といつて要するに自己の耕作地を苗代田として他に貸与したときは借りた者は荒起しその他の耕作を行い、苗代としての使用が終るとその跡地に植付を為し、これを貸主に渡すという特約を結んだ事実が明かであり一方原告は宝泉寺の住職であつてそのかたわら諸岡村の吏員をしている者であること、以前には少しばかりの畑作をしていたが水田は作つた経験がなく、昭和二十一年頃からようやく二反許りの水田を作るようになつたこと、又原告の家族は妻と新制中学えいつている娘それに小学生の長男であるが、この子供等は勿論のこと、妻も亦農業の経験はなく最近になつて百姓をやり出したものであること、原告家は農業経営については以上のような状態であるのに、今次の農地改革では諸岡村字道下の平均耕作面積である約三反四畝をはるかに上まわる約六反六畝余の田畑を所有するに至つている事実が認められ、これらから検討すると、原告の本件耕作権の異動は解放農地の買収を免れるための不法解実と変るところがなく、又その内容においても農業生産力の増進を来たすよりもむしろかえつてこれを低下させ、しかも少くとも苗代田については他人耕作地に依存する耕作者を存続させ、又名義上の耕作者においては自ら耕作労働に従事しない耕作関係を作る結果になると考えられる。尤も原告の主張する如く、苗代田として一時農地を他に貸与する風習は以前よりあつたことは被告の敢えて争わぬところであるが、前記認定により明かな如く、原告が本件農地の耕作権を異動することにしたのは買収農地の買受けが目的でありそのためには出来るだけ多くの異動を図つたのであるが、それに伴う経営能力がないので、結局次のような慣行に便乗する結果になつだのではないかと考えられるから、苗代田を貸与する慣行自体は自作農創設上打破改善さるべきものかどうかは別としても、右のような慣行があるからとて原告の本件農地の耕作権異動を以つて正当とは為し得ない。前記認定に反する甲第一号証、乙第五号証の各記載、証人芝田一郎、原告本人の各供述は信用出来ず、他にこれをくつがえすに足るような証拠は見当らない。すなわち、原告の右耕作権異動は到底承認せらるべき正当性を有しないものと言わねばならない。然るに、成立に争のない乙第五号証、証人西干二、同高田政治の各証言により真正に成立したと認められる乙第三号証、証人芝田一郎、同本井富蔵、同森三郎(第一回)同西干二、同高田政治、同山崎庄次郎の各証言並に原告本人尋問の結果を総合すると、本件農地は原告が言う程の「旱害常習田」でもないのに農地委員会に対しては只「新耕作者一人で耕作する方が水当作業等便利で増産の目的にも適う」という理由で原告から農地耕作人異動承認申請が出されたこと、ところが諸岡村農地委員会では詳細な審議もしないでそのまま右申請どおりの承認をしたこと、又昭和二十二年三月頃原告が前記旧耕作人等にその耕作機の異動方を交渉したときは寺の農地として残しておき度いから寺え返して貰い度いその代り苗代田として使うことは差支えないと言つていたところ右耕作人等は原告の言う通りにその申出に応じたこと、然るに翌年の六月頃になつて、返した農地は寺のものとなるのでなく原告個人のものとなることが判明したり、或は苗代田として使うこともいけないという評判が出たので、これは始めの約束と違うということで、同年五月二十八日右耕作人等から農地委員会に対し農地耕作者異動承認取消申請が出されたこと、而して諸岡村農地委員会はこの申請が為されるに及んで漸く原告からの申請は承認すべからざる耕作権の異動に関することを発見したことが明かである。すなわち、右耕作人等は一種の錯誤に基いて耕作権の異動に応じたのであり(此の耕作権移転契約が果して要素の錯誤に基因するものならば委員会の承諾の存否に拘らず無効で耕作権の移動は生じないであろう)右農地委員会も亦原告から言われた通りに、内面の事情を少しも知らないで右の異動に承認を与えたものであると言わねばならない。右認定に反する証人芝田一郎、同木原はぎ、原告本人の各供述は措信することができない。そうだとすると、被告諸岡村農地委員会が為した昭和二十二年六月十七日の承認は一方において右のように正当でない異動に対する不当且つ違法な承認であるし、他方において承認自体にも行為成立上の瑕疵があつたと言うべきである。
而して行政処分は其れが私法上の権利関係に変動を与えるものであり特に本件の様に其の行政処分を前提として更に私法上の権利を移転する第二の行政処分(売渡処分)が為されて居るときは特別の事情の無い限り行政官庁自身が此れを取消すことは出来ないものと解すべきではあるが、本件においては農地改革の規定を潜脱するような耕作権の異動を為すことに因つて農地の売渡を受けようとする事情は被告等委員会は全く知らず錯誤に依つて耕作権異動に承認を与え更らに売渡処分をしたものであり該錯誤は原告の作爲に基いて惹起されたものであること、行政処分に依つて発生した私法上の権利は未だ右錯誤を与えた責任者原告より他に移転せられず第三者の利害に関係なき状態にあること、従つてこれを剥奪しても返つて右改革の趣旨に副うと考えられること、等の事情を総合するときは本件承認及売渡の各処分は取消し得るものと謂わねばならない、尤も取消の爲されたのは処分のときから長期を経過し行政訴訟の出訴期間も過ぎてはいるが各行政庁は前示錯誤を脱することが出来ず、前示の如く旧耕作人から取消申請の出された昭和二十三年五月末頃から調査をし其の重大な錯誤(確定判決に対する再審事由とも謂うべき)を覚知し遅滞なくその取消をしたものと認められるのであつて斯る場合には縦令処分後長期間を経過するとも止むを得ないものと謂わねばならない、してみると、被告各委員会が爲した取消は何れも適法であると謂うべきである。
三 然り而して、右二、記載の理由により被告諸岡村農地委員会の爲した右異動承認取消決議が違法であることを前提とする原告其の余の第一次請求原因については判断する迄もなくこれを失当としなければならない。
四 仍て第二次請求原因について考察する。
(一) 先づ原告は一旦売渡手続によつて農地の所有権を取得した以上理由の何たるを問わず原告からその所有権を取戻すには前に爲した売渡の行政処分を取消すべきではなく、新に原告より買収する手続を履践すべきであると主張するけれども、其の理由のないこと前段の説示により明かである、というべきである。
(二) 次に、原告は、別紙目録記載の各耕作人等は本件農地の買受申込をしていないから、それ等の申請により原告に対する売渡決定を取消すのは自作農創設特別措置法第十九条所定の不服申立によらない違法があると主張するけれども、冐頭認定の如く右耕作人等は被告諸岡村農地委員会に対し、同被告がさきに爲した本件農地に関する耕作権異動承認の取消方を申請したところ、同被告はこれを許容すると共に職権で原告に対する売渡決定を取消したのであつて、右耕作人等は直接に右売渡決定に対し取消申請を爲したのでないから、原告のこの点に関する主張も亦失当である。
五 以上の理由により、被告等の爲した行政処分が無効か取消さるべきものか、或は無効確認請求について被告を誤つた点はないかその他第二次請求原因中前記売渡決定取消決議の違法を理由とするその余の請求原因等について凡て判断を省略し、結局原因の本訴請求は全部棄却すべきものと認め、訴訟費用については民事訴訟法第八十九条を適用して主文のように判決したのである。
(裁判官 北野孝一 米光哲 向井哲次郎)
(目録省略)